微生物学の豆知識30選
新しいことを覚えたら、クイズで力試し。
英語版クイズをもとにAIで日本語で作成しました。出典は日本語版ウィキペディアにリンクしています。
全部知ってた?クイズで証明しよう。
30問のクイズに挑戦1843年に生まれた医師ロベルト・コッホは、どこの国の人?
当時は第一人者とされ、パスツールとともに近代的な細菌研究の開祖と称される。
コッホの弟子で、破傷風菌を培養しペスト菌を発見した日本の学者は?
血清療法を発見・確立したことでも知られ、1908年にはコッホを日本に招いている。
17〜18世紀に顕微鏡観察を行い、微生物の概念を生んだ人物は?
この観察の後、微生物の研究はいったん歩みを止め、発酵の正体をめぐる発表が出るのは1837年のことになる。
微生物学が主な対象とする、細菌と古細菌をまとめた生物群は?
ウイルスを研究対象に含める場合もある。顕微鏡的な大きさ以下の生物が微生物と呼ばれる。
寒天培地とともにコッホの研究室で発明され、今も使われる実験器具は?
シャーレとも呼ばれる。コッホは染色の方法も改善し、細菌培養法の基礎を確立した。
微生物学の最も基本的な手法とされる、微生物を1種類だけ分離して育てる技術は?
培地の組成や温度、培養時間などによって、分離できる菌は異なってくる。
1837年に微生物であると発表された、アルコール発酵を行う生物は?
カニャール・ド・ラツール、シュワン、キュッツィンクが、この発酵は生物の生理機能に基づく反応だと発表した。
コッホの名を冠したロベルト・コッホ研究所がある都市は?
医学の研究者に贈られるロベルト・コッホ賞にも、その名が残っている。
培養中に性状の異なる株が生じることから微生物学がもたらした遺伝の概念は?
相同組み換え、形質転換、接合、形質導入など、分子生物学に重要な多くの方法も微生物学から提供された。
コッホが1890年に結核菌の培養上清から創製したものは?
当初は治療用を目的としたが効果がなく、現在は診断用のみに用いられている。
コッホが分離して病原性を証明した、学名Bacillus anthracisの細菌は?
多くの微生物が人間に対して病原性を持ち、疾病の面からも微生物の研究が進められてきた。
未知の因子を要求するなど、1種だけで育てることが極めて困難な微生物を何と呼ぶ?
土壌など自然界にいる微生物の大半がこれにあたるといわれ、メタゲノム解析など培養によらない研究手法も模索されている。
生育したコロニーを寒天培地にさらに塗布するときに使う器具は?
こうして塗り広げることで、単一の菌体に由来するシングルコロニーを取得する。
コッホの結核菌発見を記念して制定された世界結核デーは何月何日?
コッホは論文『結核の病因論』を著し、ヒトにおいても細菌が病原体であることを証明した。
コッホが結核に関する研究でノーベル生理学・医学賞を受賞したのは何年?
コッホの門下からは、同じ賞を受けた研究者がほかに二人出ている。
ウイルスという概念が発展するもとになった、植物の病気は?
人工的免疫法や衛生学的手法など、現在の医学に欠かせない技術の多くも微生物学から生まれた。
コッホが細菌の培養に成功し、それが動物の病原体であると証明したのは何年?
この証明の進め方は、のちに感染症の病原体を突き止める際の基本指針となった。
1840年ごろ、手術に伴う何を防ぐために消毒剤の導入が進められた?
細菌が病気の原因になることがまだ証明されていない時代の取り組みで、病原性の証明は30年以上後のことである。
1892年、濾過器を透過するウイルスの存在を実験で示唆したのは誰?
ウイルスという概念は、植物の病気をめぐる病原性の研究から発展したものである。
血清療法の研究で1901年にノーベル生理学・医学賞を受けたコッホの弟子は?
師であるコッホ自身が同じ賞を受けるより4年早い受賞だった。
パスツールが「発酵はすべて微生物の活動による」と発表した年は?
これより前に、アルコール発酵を担う生物が微生物であることはすでに報告されていた。
土を滅菌水に懸濁し、薄めた上澄みを寒天培地に塗る典型的な分離法は?
塗布した後は適温に保管して菌の生育を待ち、育ってきたコロニーをさらに塗り広げていく。
ジフテリア菌の分離に成功し、口蹄疫ウイルスも発見したコッホの弟子は?
同じ門下のゲオルク・ガフキーは腸チフス菌を発見している。
ロベルト・コッホが卒業した大学は?
生まれはニーダーザクセン州東南のクラウスタールで、現在はツェラーフェルトと合併した町になっている。
パスツールは発酵に関する発表の後、何年間にわたり発酵反応を研究し続けた?
その研究のさなかには、白鳥の首フラスコを用いた有名な実験も行っている。
分類において、生理作用による判別と形態がともに重視される生物群は?
外見での分類がほとんど望めない細菌などでは物質の分解能が重視されたが、次第に分子遺伝学的な形質へ重点が移りつつある。
遺伝学と生化学が微生物学と融合し始めたのは何年以降とされる?
20世紀には微生物を使った遺伝学の実験が進み、微生物学を通じて生化学への理解も深まった。
ロベルト・コッホが1910年に66歳で逝去した都市は?
臨終には、帰国を前にした日本人研究者が立ち会った。
1870年、ブレフェルドとともに「ただ一種の微生物を含む培養」を定義したのは?
一種類だけを育てるこの培養は、個々の微生物の性質を探るための最も基本的な技術とされる。
コッホが1893年に再婚したヘドヴィグ・フライブルクは彼より何歳年下?
同じ年に、それまでの妻エミーと離婚している。