英語版クイズをもとにAIで日本語で作成しました。出典は日本語版ウィキペディアにリンクしています。
シュメールは、古代メソポタミア南部に栄えた人々と、その文明の名前。都市国家が覇権を争い、文字による記録が生まれ、のちのメソポタミア文明の土台が築かれた。 このクイズでは、都市国家と王たちの歴史、王の称号、文字と文学、信仰、農業や軍事、建築までを幅広く出題する。やさしい問題から歴史好きでも迷う難問まで、順に挑戦してみよう。
全30問の答えと解説。クイズで遊ぶ
Q 01古代文明シュメールが栄えたのは、現在のどの国の南部?
イラク
現代のバグダードからペルシア湾に至る地域がバビロニアで、そのうち南側がシュメールと呼ばれる。
Q 02メソポタミアは、ユーフラテス川とどの川に挟まれた地域?
ティグリス川
メソポタミアは北部と南部で呼び名が分かれ、南部はバビロニアと呼ばれる。
Q 03シュメール人が発明し、メソポタミア文明の基礎となった文字は?
楔形文字
シュメール人が話した言語は系統不明で、前2000年紀には口語としては完全に死語となった。
Q 04古代メソポタミアでもっとも有名な英雄とされるウルクの王は?
ギルガメシュ
ウルクの初期の王たちは後世のメソポタミアで尊崇の対象となり、エンメルカルらにも各種の伝説が残されている。
Q 05シュメール人が頂上に神殿を置いた、人工的な多層段丘の名は?
ジッグラト
初期の神殿は中央の本殿と側廊から成り、穀物倉や倉庫は通常その近くにあった。
Q 06ウルク期後期、都市ウルクの記録システムは何に記号を刻んだ?
粘土板
この最初期の文字は非常に絵文字的で、何を表しているのかを現代の学者もある程度理解できる。
Q 07紀元前2000年ごろに整理された、シュメールの記数法は?
六十進法
分数や小数の概念も存在し、徴税や配分の管理、耕地面積の計算、建築などに用いられた。
Q 08鉱物や樹木が乏しい平原で、シュメール人が建物に使った建材は?
日干しれんが
モルタルやセメントでは固定されず、隙間は瀝青や穀物の茎、沼地のアシなどで埋めたと推測されている。
Q 09古代史研究で、メソポタミアの北部は何と呼ばれる?
アッシリア
南部のバビロニアはさらに、古代都市ニップル近辺を境に北側と南側で呼び分けられる。
Q 10シュメールの言い伝えで、神々は何から人間を創造した?
粘土
人間は神々に奉仕させる目的で創造されたとされ、人間性のすべては神々のなすがままにあると考えられた。
Q 11女神官エンヘドゥアンナの父である初代アッカド王は?
サルゴン
エンヘドゥアンナはウル市の月神に仕え、さまざまな詩や文章を残した。著述家として記録されている初の女性である。
Q 12古代メソポタミアの重要な「法典」のうち、最古とされるのは?
『ウルナンム法典』
ウル第3王朝を創立した王が制定した。この王は広い範囲に強固な支配を確立し、各地の神殿の修復も行った。
Q 13エンヘドゥアンナが最古の書き手とされる、文章の語りの視点は?
一人称
彼女の詩は神々の威容と神々に仕える自分を描き、神と自分との個人的な関係や心情をつづっている。
Q 14シュメール人が色とりどりの釘状の部材を壁に差し込んで作った世界初のものは?
Q 21『シュメール王朝表』で、初めて王権が成立したとされる都市は?
エリドゥ
王権は天から降りたとされ、初期の王たちには数万年に及ぶ在位期間が設定されるなど神話的な伝承となっている。
Q 221922年に始まったウルでの発掘で知られるイギリス人考古学者は?
レオナード・ウーリー
20世紀の20年代にかけて、ニップルやウルクなど主要都市の発掘がアメリカ・イギリス・ドイツによって行われた。
Q 23『アガデの呪い』で、神を冒涜した王への罰として蛮族を差し向けた神は?
エンリル
メソポタミアの伝承では、この蛮族がアッカド帝国を滅ぼし、以後の覇権を握ったとされている。
Q 24シュメール人が文学作品の中で自らを指して用いた表現は?
モザイク壁
シュメールの建築では、控え壁やイーワーン、半円柱なども用いられた。
Q 15シュメール最初期の文字記録の大半を占めたのは?
行政・経済文書と語彙リスト
文字による記録体系は、物品の数量管理と密接な関わりを持って作り出されたと考えられている。
Q 16シュメール語でも詩を書いたエンヘドゥアンナの母語は?
アッカド語
当時、読み書きができたのは一握りの書記、すなわち官僚たちだけだった。
Q 17都市国家ラガシュが境界をめぐって長く戦った隣国は?
ウンマ
ラガシュの王たちが碑文に残したこの戦争の記録は、世界でもっとも古い歴史叙述とも評される。
Q 18古代メソポタミアで「マガン」と呼ばれたのは、現在のどの地方?
オマーン
アッカド帝国の第4代の王はこの地や東地中海沿岸地方まで遠征し、帝国の最大版図を実現した。
Q 19伝承でアッカド帝国を滅ぼしたとされる民族は?
グティ人
ただし王たちの実態は明らかでなく、メソポタミアの広い範囲に支配権を及ぼしたことを証明する根拠もほとんど存在しない。
Q 20シュメールの四輪の戦車には、搭乗員が何人乗り込んだ?
2人
搭乗員は戦斧や槍を運び、台車は一つの織られた籠と頑丈な三片設計の車輪から構成されていた。
黒頭人
彼らが自分たちをシュメール人と呼ぶことはなく、その土地はキエンギ、あるいは「国土」を意味するカラムと呼ばれた。
Q 25ウル第3王朝時代、常用される文字は何種程度まで減少した?
400種
初期の絵文字はすべて表意文字と考えられ、はるかに多くのサインが使われていた。線刻は直線となり、先端部は楔状となった。
Q 26フランス隊がテッロー遺跡を発掘し、シュメール文明の存在が明らかになった年は?
1877年
テッローはシュメール都市ラガシュの遺跡にあたる。以後、主要都市の発掘が各国によって進められた。
Q 27日本で「シュメール」という長音表記を採用したシュメール学の先駆者は?
中原与茂九郎
原音には「シュメル」の方が近い。第二次世界大戦中の日本で流布した俗説を退けるため、長音の表記が選ばれた。
Q 28前2400年ごろ「国土の王」という新たな称号を採用したウルク王は?
エンシャクシュアンナ
この王は年名も採用し、シュメール地方全域における権威を示した。称号はのちにアッカド帝国の建国者にも引き継がれた。
Q 29イシン市を拠点に、事実上の独立王朝を創設した人物は?
イシュビ・エッラ
マリの出身でアムル人であったと言われる。一地方勢力に転落したウル第3王朝に代わり、メソポタミアの中枢部を支配下に納めた。
Q 30エンヘドゥアンナ作とされる『神殿賛歌集』は、いくつの賛歌からなる?
42
シュメールとアッカドのさまざまな神殿を讃えた作品で、1969年に編集された。